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急な選挙で、なんとも騒がしいことになっています。以前は、自分の考えとは合わない政党や候補者についても、こういうのを支持する人もいるんだなと緩く見ていたのですが、どうも最近の風潮には、危機感も覚える今日この頃です。
最近のIN
上原ひろみが、佐渡裕指揮の新日本フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター:西江辰郎)と共演するコンサートを観に、横浜みなとみらいホールに行ってきた。
初めて訪れるホールだが、クロークやドリンク・コーナーも充実した、綺麗で良い感じのクラシック専用ホールだ。大ホールは、キャパ2,020席。「囲み型 シューボックス形式」を採用したという客席は、座席の傾斜の案配が良く、どの席でも観やすそうだ。私の席は、そこまで前方では無いが、ピアノ斜め後方から上原ひろみの手元を観ることが出来るナイスな角度。
なお、この公演は、新日本フィルの活動拠点=すみだトリフォニーホールと、サントリーホールでも開催されるのだが、そちらはチケット争奪戦に敗退。が、横浜公演をゲットすることができて、これはこれで正解だ。
まずは、佐渡裕が登場し、10分間ほどのプレトーク。さすが、メディア出演も多い売れっ子指揮者。場慣れした様子で、本日の聴き所を要領よく伝えてくれる。
そして、楽団員の皆さんと上原ひろみが登場。第1部の演目は
・George Gershwin: Piano Concerto in F.(ガーシュウィン:ピアノ協奏曲 へ調)
豊かなオーケストラの響きと共鳴する上原ひろみのピアノ。何とも贅沢な音だ。なお、クラシック・スタイルのピアノ協奏曲の演奏なので、PAは無し。生音勝負でオーケストラと合わせながらも、しっかり、独自のアドリブも加える上原ひろみ。素晴らしい。
しかし、それ以上に、アンコールがが凄かった。「MOVE」。上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクトの超絶カッコ良い曲を、なんとオーケストラ・アレンジで演奏。上原ひろみはもちろん、オケの皆さんも、本編以上の大熱演。これは、ほぼプログレッシブ・ロックだと大興奮。もちろん、会場も大熱狂(ただし、あくまでもクラシックの会場のノリ。ジャズ・ライヴのような、演奏中の拍手や掛け声などは無い)。さらに、2度目のアンコール。今度は、上原ひろみだけで、Gershwinの「I Got Rhythm」。オーケストラの制約が外れ、自由奔放、やりたい放題、テクニック出しまくりの凄い演奏。と思っていたら、終盤、コンサートマスター 西江辰郎も参戦。「リベラ・デル・ドゥエロ」のフレーズで、ピアノとヴァイオリンのバトルを繰り広げる。久しぶりにこの2人の共演を見られて、胸熱である。
第1部だけで、ひろみ嬢目当ての私としては完全燃焼したのだが、20分の休憩後、第2部
・Béla Bartók: Concerto for Orchestra, Sz. 116, BB123(バルトーク :管弦楽のための協奏曲 Sz. 116, BB123)
正直、バルトークという名前は知っていたが、これまで、その曲をちゃんと聴いた記憶はない。クラシック素人には、いささかハードルが高いと感じたが、佐渡裕のプレトークで、「『管弦楽のため』というタイトル通り、全ての楽器を独奏楽器のように扱っている」と解説されていたのがありがたい。確かに、そこが聴き所だったかな。
結局、第2部もそれなりに楽しんで、本日の公演、全編終了。実に聴き応えのあるコンサートだった。
Sam Raimi監督の新作を観てきた。邦題は「HELP 復讐島」(これは、ダメ邦題だと思う)。
Rachel McAdamsが演じる会社員。能力はあり、先代の社長からも目を掛けられていたのだが、先代の死後、後を継いだ息子(Dylan O'Brien)からは疎まれ、パワハラに遭う。しかし、出張でタイに向かったプライベートジェットが、嵐の中、墜落。生き残って無人島に辿り着いたのは2人だけ。実は、TV番組 ”Survivor”の大ファンで、出演を夢見ていたRachel McAdamsのサバイバル・スキルがこの状況で物を言い、パワハラ新社長との力関係が逆転する…。というお話。
無人島に男女2人きりという、ありがちなシチュエイションだが、物語は予想外の展開を繰り広げる。Dylan O'Brienのクソ上司ぶりは、まぁ予想の範囲内だが、Rachel McAdamsが、パワハラを受けるのも仕方ないと思わせる、絶妙にウザい奴なのだ。結果、Rachel McAdamsよりもDylan O'Brienに感情移入してしまう場面も多い。とはいえ、Dylan O'Brienが嫌な奴なのも間違い無いし…。観ている側を翻弄する展開が見事だ。
格差のある登場人物達が遭難して無人島へ、となると想起される”Triangle of Sadness(逆転のトライアングル)”的な展開になるかと思わせて、さらにツイストが効いて、最後はブラックな着地へ。ニヤリとさせながらも、ちょっと背筋の冷たくなる、ダークな作品だ。
Sam Raimiらしい外連味たっぷりの映像と、Blondieの”One Way or Another"(傑作アルバム”Parallel Lines”から1979年にシングルカットされたヒット曲)への言及といったところも、大いに私好み。底意地の悪さも癖になる、良い映画だ。
エルメス財団が、書籍「Savoir & Faire 金属」を刊行したことを記念して開催している展覧会を観に、銀座メゾンエルメス ル・フォーラムに行ってきた。
金属が、歴史の中で作り上げてきた属性に多角的にアプローチするというコンセプトの下、参加アーティストは、
・榎忠
・Élodie Lesourd
・遠藤麻衣子
まずは、榎忠。金属部品を磨き上げ、組み合わせた、重さ2tの「RPM-1200」など、いかにも”メタル”らしい作品が並ぶ。
Élodie Lesourdは、メタルはメタルでも、音楽のメタルを題材にした作品が目立つ。壁にアルミテープと金箔で描かれた作品「OFO」は、” Ozzy Fucking Osbourne”に捧げたもの。床には、破壊されたエレキ・ギター。
遠藤麻衣子は、水銀をモチーフにしたヴィデオ・インスタレーションなどを展示。因みに、水銀は英語で ”mercury”。ローマ神話の ”Mercury”は、ギリシャ神話では ”Hermès”。ここでエルメスと繋がるという趣向。
ただ、”メタル”という意味では、「CALIBRATION N˚4」が一番、はまっている。このスタンプ(実際に、朱肉を付けて押印すること可能)、真鍮製で、見た目よりもはるかに重い。このずっしりした質感こそ、メタルっぽい。
どの展示も、興味深いのだが、正直、ぱっと見では訳の分からない物ばかりだ。そこで、この日、開催されていたガイド・ツアーに参加。所要時間 40分間。無料で、会場スタッフによる解説を聞くことができる。これで、作品に込められた意図が分かり、一気に、奥行きが広がった感じだ。とてもありがたかったのだが、スタッフさんの、やや棒読みになりがちな口調、特に、音楽のヘヴィメタルには全く関心が無さそうな様子に、ちょっとだけ苦笑しそうになったのは、申し訳ない。
昨年末から始まっている清水ミチコのツアー、初日の浦安市文化会館、正月の日本武道館に続いて、3本目の参戦、厚木市文化会館に行ってきた。ツアー日程発表直後、とりあえず行けそうな所を全て押さえたのだが、その後、もっと近くで追加公演が発表され、ここまで遠出する必要は無かったなと思いつつ、小田急線で本厚木へ。
本厚木駅から徒歩15分ほど。大ホールは、キャパ 1,400席。ピアノはYAMAHA(ホールのウェブサイトによれば、SteinwayとYAMAHA、それぞれ1台ずつあるらしい。敢えてYAMAHAの方を選んだのだろう。確かに、良い音で鳴っていた)。
前半のネタは、これまでと同様だが、やはり、琉球音階による「うっせぇわ」は絶品。そして、高市早苗の英語スピーチをネタにするという着眼点に大笑い。
松尾スズキとの爆笑ビデオを挟んで、後半。高田漣と、実弟 ICHIRO氏登場。まずは、ユーミンが他の人(アグネス・チャン、薬師丸ひろ子、松田聖子)に提供した歌を、1番は提供された人、2番はユーミソとして歌う。アグネス・チャンの名曲「白い靴下は似合わない」がフィーチャーされているのが嬉しい。そして、高田渡、細野晴臣、吉田日出子が、皆、それぞれカヴァーしたことがある、Hoagy Carmichaelの「Lazy Bones」(高田渡のカヴァーのタイトルは、「ねこのねごと」)を、高田渡=高田漣、細野晴臣=ICHIRO氏、吉田日出子=清水ミチコで演奏。
高田漣は、YMOとも縁が深い(一番、共演したのが細野さん、一番、メールしたのが教授、一番、飲んだのがユキヒロだったとのこと)ということで、ここからYMOナンバー。恐らく、矢野顕子トリオの「Rydeen」がYouTubeでバズったのも影響しているのだろう。高田漣、ICHIRO氏、清水ミチコに加え、ユキヒロの代役(?)としてメトロノームも参加して、「Rydeen」~「中国女 (La Femme Chinoise)」~「Tong Poo」を続けて演奏。これが素晴らしかった。「Rydeen」では、高田漣のアコースティック・ギターが主旋律を奏でる中、清水ミチコのピアノがシーケンサーのピコピコ音を再現し、「中国女 (La Femme Chinoise)」では高田漣の味わいあるヴォーカルで泣かせ、「Tong Poo」は清水ミチコによる矢野顕子の完璧な再現。もう、このアコースティック版YMOカヴァーを聴けただけで、本日は大々満足だ。3人でもう1曲、宮沢賢治の「星めぐりの歌」で、このパート、お笑い要素を封印したハイ・クオリティの音楽ライヴ、終了。
その後は、作曲法 2ネタで本編終了。アンコールの手拍子もネタにした上で、昭和歌姫メドレー、そして、鈴与グループのCMソング「くじら~いつかきっと~」で、会場総立ちでの爆笑とブラボーの連呼で、全編終了。
さすが、ツアーを重ねて、個々のネタの練度が上がっているだけでなく、構成面でも、これまでの公演の良いとこ取りが進んだような印象だ。しかし、これで満足すること無く、太客としては、今後もさらに参戦予定なのである。
最近のOUT
1980年、米国の男性誌"Penthouse"(ライバルの"Playboy"に対して、圧倒的に下品だったと記憶している)の社長、Bob Guccioneが私財を投じて(当時の金額で1,750万ドル!)製作した映画”Caligula”。元々は、Tinto Brass監督による歴史大作として撮影されたが、後からGuccioneが勝手に脚本を変え、ハードコア・ポルノシーンを追加して公開。評論家からは酷評されたものの、そのセンセーショナルな内容で、日本を含む世界中で大ヒットした怪作だ。しかし、2023年、40年ぶりに発見されたオリジナルのフィルムを元に再編集した(Guccioneによるハードコア・ポルノ要素を無くし、本来の姿に近づけた)ヴァージョンが製作された。邦題は「カリギュラ 究極版」。オリジナル公開当時は興味津々でありながらも未見だった作品を、ついに観ることが出来た。
暴君と言われた第3代ローマ帝国皇帝 Caligula(在位:A.D.37年~41年)を描いた作品。出演者は超豪華で、特に、Caligula役のMalcolm McDowellと、その妻 Caesonia役のHelen Mirrenの(恐らく、敢えて狙った)過剰なまでに演劇調の演技は凄まじい。
ただ、豪華絢爛なセットなのに張りぼて感が漂うなど、画面全体に漂う「品性下劣な金持ちが、財力だけに物を言わせて撮った映画」という腐臭が耐えがたい…。それなりに史実に基づいたエピソードが散りばめられているが、どれもこれも常軌を逸したものばかりなので(だからこそ、後世まで悪名が残っているわけだが)、結果、趣味の悪さが突き抜けてしまい、刺激に対する感覚が麻痺してしまうのも困りもの(ただ、翌日になっても、悪夢的なイメージが脳内にこびりついていた…)。
再編集版でこれだったら、1980年の公開版は、本当に酷かったのだろうと想像する。まぁ、伝説的怪作を、ちゃんと映画館で観たという体験をしたことで、良しとしよう。
民主主義がポピュリズムに堕すのは、一旦、行くところまで行かないと止まらないのかも… |