IN/OUT (2017.4.9)

今年の桜は、満開宣言からズルズルと日数が経って、徐々に咲いていく感じ(東京の「標準木」の妥当性に疑問符も付きますが)。一斉にドーンと満開という爽快感の無い咲き方だと思います。天気も、いまいちすっきりしないし。


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"Lion"17.4.8

5歳の時、誤った列車に乗ったため故郷から遠く離れた場所で迷子になってしまったインドの少年が、オーストラリア人夫婦の養子となりタスマニアに移住。25年後、おぼろげな記憶を元にGoogle Earthを使い、本当の母が暮らす故郷を探し出したという実話の映画化作品を観てきた。タイトルの意味は、映画の最後の最後になって明かされる。分かってみると、実に巧いタイトルだし、種明かしの後、"LION"の文字が画面に大写しになる瞬間が、まさにこの映画の涙腺決壊ポイントだ。ただし、さすがにこれだけでは分かりづらいと思ったか、邦題は「LION/ライオン ~25年目のただいま~」

非常に丁寧かつ良心的に作られた映画だ。劇的に脚色して、ラストで観客の涙腺をこじ開けるような作り方も、やろうと思えばいくらでも出来そうな題材なのだが、製作陣は、主人公が辿る運命を、時系列できちんと描いていく。一箇所だけ、主人公と恋人が、ボリウッド映画風に踊り出すのでは、と期待させるような演出もあったが、あくまでも控え目。

青年期の主人公を演じるのは、Dev Patel。既に定着しつつあるインド系好青年役の第一人者としての地位を、さらに確固たるものにしたようだ。が、彼以上に、この映画の一番の見所は、Nicole Kidmanのビシッと筋が通ったような演技だろう。この二人の演技により、単なる再現ドラマ(それも、展開自体は、かなり単純な話だ)にならず、深い奥行きのある作品となっていると思う。

映画の最後には、モデルとなったご本人達の本物の映像が映し出される。実話の映画化作品にはよくあるパターンだが、これが、とても良いのも印象的だ。



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"Ghost in the Shell"17.4.7

士郎正宗の「攻殻機動隊」をハリウッドで実写映画化した作品を観てきた。1995年に押井守が監督したアニメ「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」は大好きな作品で、今でも、大友克洋の「AKIRA」と並ぶ、SFアニメの最高傑作だと思っている。ただ、今時の若い人には、TVアニメの「攻殻機動隊 S. A. C.」の事は知っていても、押井守監督版を知らない人も多いと知って、なんだか寂しい思いもある。

さて、ハリウッド実写版。映像と音楽は、頑張っているのだが、"Blade Runner"の影響が大き過ぎると思う。舞台は香港に設定されていて、町中に3D映像による広告が流されている様子は、ぱっと見にはインパクトがあるのだが、"Blade Runner"で描かれた酸性雨が降りしきるロサンゼルスに比べると小綺麗に見えてしまい、圧倒的に物足りない。音楽も、結局は、Vangelisの劣化コピーのような感じがする。要は、「作家性」が感じられないのだ。

Scarlett Johansson、'Beat' Takeshi Kitano(北野武でもビートたけしでもなく、このように表記されている)、Juliette Binoche、桃井かおりと、役者陣も豪華なのだが、あまり印象的な演技に見えないのも、やはり、作品を貫く作家性の弱さに起因するのかもしれない。

それでも、様々なタイプの映画でかなり変な役(人間狩りをするエイリアン人間に恋するコンピューターOSなどなど)にも果敢に挑戦するScarlett Johanssonのプロ意識には感心するし、光学迷彩、電脳化、多脚戦車など、原作のギミックをちゃんと取り入れているのも好感が持てる。憎めない映画と言いたいのだが、脚本が絶望的に駄目だ。「押井守版」にしても"Blade Runner"にしても、良く言えば哲学的な深みが、意地悪に言えばハッタリを効かせた訳の分からなさが、中毒性のある魅力になっているのに対し、この映画は実に分かりやすいのだ。Scarlett Johansson演じる「少佐」の内面や過去、敵役の正体、黒幕の存在など、全て、明快に台詞で語られるという、観客を馬鹿にしているような親切さ。あまりにも安直だ。

一番の改悪は「人形使い」を登場させなかったことだろう。1990年代前半、まだインターネットが一般に普及する前には難解と思われた設定も、今なら、伝わりやすくなっているはずなのに、何故、ここまで安っぽく薄っぺらいストーリーにしてしまったのか? 集まった俳優は素晴らしく、最新の高レベルの特撮と組み合わせれば大傑作になり得る原作を、ここまで低レベルな内容に貶めた製作陣には、つくづくがっかりなのである。



それでも、4月最初の週末、夜の町は賑わっていて、それも、おろしたてのスーツを着た新入社員風比率高し。彼らは、まさに押井守版の攻殻機動隊が公開された時には産まれていないか、ギリギリ産まれていても記憶の無い年代な訳で、自分が随分と遠くまで来てしまったという感覚に愕然とする今日この頃です。