IN/OUT (2016.2.7)

この週末も、当初は雪の予報が出ていましたが、結局は晴天。花粉が飛び始めたようですが、まだ微妙なレベルで、気持ちの良い天気でした。


in最近のIN

"The Martian"16.2.6

Ridley Scott監督、Matt Damon主演の映画を観てきた。原作はAndy Weirの同名傑作SF小説。早川書房から「火星の人」のタイトルで翻訳版が出版されており、私が昨年読んだ小説の中で最も印象深い一冊だ。それなのに、映画の邦題はなぜか「オデッセイ」。全くもって意味不明。馬鹿邦題としか言い様がない…

ストーリーは、火星に一人取り残された宇宙飛行士のサバイバル。これだと、映画「Gravity」や、クラークの傑作SF「渇きの海」的な物を想像するが、原作小説は、そのような予想を覆す面白さに満ちていた。ストーリー進行は科学的考証に基づいたリアルな物だが、主人公が、常にジョークを忘れない超ポジティブな性格付け。問題が発生 → 科学知識で解決 → 新たな問題が発生、というゲーム感覚的なところと、主人公の軽妙な語り口が相まって、「軽いハードSF」という趣きなのだ。その小説を、どちらかと言えば、重みのある映像が得意なRidley Scottがどのように映画化したのか、興味津々で映画館へ。

結論、映画版も傑作だった。印象的な台詞は生かしながらも、全てを映像化するには長大過ぎる原作を巧みに要約した、Drew Goddardによる脚色が秀逸。火星でジャガイモを栽培する場面では、原作では丁寧に描写されていて土作りを思い切って簡略化するなど、科学性よりもテンポを重視した割り切りは、商業映画としては「有り」だろう。また、70年代TVドラマに関する爆笑エピソードを削りながら、ディスコ音楽は原作以上に膨らませた使い方も巧い(火星基地に残された船長の私物に、70年代TVドラマとディスコ音楽の大量のコレクションがあり、主人公は暇つぶしにそれらを鑑賞するのだ)。エンド・クレジットに流れるあの音楽は、まさにドンピシャの選曲だし、(70年代ディスコとはズレるが)David Bowieのあの名曲が、実に良い場面で流れるのには感涙。

Ridley Scottの演出は、原作が持つ軽薄ギリギリの雰囲気を再現するのではなく、ある程度重みを加えたという感じだが、これぐらいの方が、一般受けを考えれば良かっただろう。そして、彼の一番の特質である映像美は流石の一言。

ラストが、ハリウッド的に改変されていたのも、まあ仕方ないか。"Interstellar"に続いて、他の惑星に取り残される役だったMatt Damonだが、本作での役作りは見事。ただ、この映画を気に入った人には、是非、原作も読んでもらいたいという気もする。


ハラ ドキュメンツ 10 佐藤雅晴-東京尾行」16.2.7

原美術館 原美術館が若手の作品を紹介するプロジェクト「ハラ ドキュメンツ」の第10回の展覧会「佐藤雅晴-東京尾行」を観てきた。

今回取り上げられたアーティストは、佐藤雅晴。その作品は、実写映像を一コマずつ、Photoshopとペン・タブレットを駆使してトレースしたアニメーション。全画面をトレースしたものもあるが、最新作「東京尾行」では、実写映像の一部だけがトレースされたアニメーションになっている。

実写映像を、わざわざトレースして、超写実的なアニメーションに置き換えるというのは、無意味なように聞こえるが、実際の作品はすこぶる面白い。静止している建築物などは、一コマ毎に手作業でトレースするため、微妙にブレる。あるいは、人物や食べ物など有機的な物体は、写実の度合いをコントロールし、周囲の実写とは違和感を生じさせているようだ。この、虚構と実像が混在した映像というのが、なんとも癖になる魅力を放っている。

ビデオ作品だけで無く、静止画の展示も有るが、これも写真を緻密にトレースしたもの。果たしてこれは写真なのか、絵画なのか。コピー&ペーストが当たり前になった今、虚と実が曖昧になった時代を映し出す作品のようだ。また、展示室に置かれた自動ピアノが、実際に演奏されたものを再現したドビュッシーの「月の光」を奏でているのも、巧みな演出だ。

ただし、出展数は多くはなく、二階の展示室にはソフィ カルの「限局性激痛」など、他のアーティストの作品が、「原美術館コレクション展:トレース」として展示されている。一見、佐藤雅晴の作品とは無関係のようだが、これらもまた、虚と実が曖昧にトレースされた作品群。全体に、非常に刺激的な展覧会だった。



こういう天気の日に、原美術館内のカフェを利用すると、ここで食事をしたいがために美術館の会員になっている近隣住民多数というのも頷ける心地よさでした。