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梅雨入りしましたが、意外にも、今年の梅雨はおとなしめの印象です。ジメジメした曇天と、たまの小雨が中心で、激しい集中豪雨は控え目。こういうのは、久しぶりかも。
最近のIN
老人ホームを舞台にしたサイコ・スリラー映画を観てきた。邦題は「ジェニー・ペンはご機嫌ななめ」。
Geoffrey Rush演じる老判事が病に倒れ、介護付き老人ホームに入居する。そこには、John Lithgow扮する邪悪な老人がいて、入居者達に陰湿なイジメを繰り返し、我が物顔に振る舞っている。なまじ正義感が強い老判事も、すぐにイジメの標的になってしまい…。という、嫌ぁなお話。John Lithgowが、ドール・セラピー用として常に持ち歩いている人形の名前が"Jenny Pen"。眼球が無く、絶妙に気持ち悪い造形が、嫌ぁな雰囲気を増幅する(それを巨大に引き伸ばした嫌ぁな空間を作る新宿武蔵野館!)。
絵作りや演出は、ホラー映画っぽいが、超常現象は出てこない。ひたすら、John Lithgowが嫌ぁな奴で、彼と対峙するGeoffrey Rushは、老化と病で身体の自由が効かず、認知機能も怪しくなりつつある嫌みな老人…。この2人の対決は、手に汗握るというより、ひたすら嫌ぁな気分が募るばかり。舞台は老人ホームに限定され、画面には入居している老人達と仕事に追われる介護士しか登場せず、溌剌とした若者は1人もいない。ここまで、徹頭徹尾、嫌ぁな気分が持続する映画も珍しいし、私も、これだけ大量に”嫌”という字をタイプする機会は珍しい…
恐らく、若い人が観たら、狭い世界で起こるイジメを描いた地味で暗い映画という感想で終わるのだと思う。が、私には、下手な超常現象ホラー映画より、よっぽど怖い。近い将来、お世話になるかもしれない施設が、こんなところだったらと思うと、背筋が凍るのである。老判事は、どうやら投資に失敗し手持ち資金が乏しく、高額な施設には入居できなかったという描写がある。結果、施設内で起こっているイジメにスタッフが全く気づかない、安かろう悪かろうの老人ホームに入らざるを得なくなって、この地獄である。施設選びには十分に気を付けようという教訓を得られる映画として、一定の年齢以上の人にはお勧めかも。
デンマークで大ヒットした、Mads Mikkelsenの主演映画を観てきた。デンマーク語のタイトルは「最後のバイキング」という意味だが、邦題は「さよなら、僕の英雄」
強盗事件で服役していた弟が出所。逮捕前に大金を預けた兄と15年ぶりに再会するが、兄はその記憶をなくし、自分をJohn Lennonだと思い込んでいる…。精神科医は、やはり、自分のことをRingo Starrと思い込んでいる患者と、Paul McCartney & George Harrisonと思い込んでいる患者(彼は、The Beatlesのメンバー以外にも、複数の人格に入れ替わる)を集め、The Beatlesの再結成を企てることで、弟の記憶を取り戻そうとするのだが…。という、かなり変テコなプロット。この兄を演じるのが、Mads Mikkelsen。
設定だけ聞くとコメディっぽいが、映画の印象はかなり違う。弟は、怒りの衝動を抑えられない根っからの暴力犯罪者だし、兄の症状は、かなり深刻。2人が幼少期に父親から虐待を受けていた描写もしんどいし、バイオレンス描写や人体損壊描写が結構エグい。何よりも、映画の冒頭と最後に暗示的に挿入されるバイキングの物語が、(奥が深いのは確かだが)とてつもなく残酷…。この映画が大ヒットするとは、デンマーク人の感性、恐るべし。
それでも全体を通せば、家族の絆をテーマにした感動もありつつのコメディと言えるだろう。特にABBAへの言及が、その音楽性を揶揄しつつも、ジャズ至上主義者のスノッブさをあぶり出すあたりの笑いのセンスは、私の大好物だ。
館内には、Mads Mikkelsen目当てと思しき女性観客が多かったのだが、さすがに皆さん、戸惑っていたような気がする…。が、多くのハリウッドの大作に出演し、「北欧の至宝」とも呼ばれる大スターが、本国で、このような変テコな役柄を演じているのは、好感度をさらに上げると思う。
北品川から渋川市に移転した原美術館ARCに行ってきた。
まずは、3つの現代美術ギャラリーを使った「虹のつくり方」。原美術館の、1979年の開館から1990年までの活動にスポットを当てた展覧会だ。そのタイトルは、移転後の美術館名の”ARC” = ”Arc-en-Ciel” = 虹 に因んだものだ。
ギャラリーA「ハラ アニュアルの作家たちー若い作家に発表の場を」。1980年から10年間、全10回、97名が参加して開催された、日本の若手作家に発表の場を提供するグループ展「ハラ アニュアル」から、11名の作品が展示されている。私には、あまり、ぴんとくる物は無かったか。
ギャラリーB「そこに行けば会える美術ー世界の今がここに」。お馴染みの、Robert Mapplethorpeや、Jean-Pierre Raynaudの作品が並ぶ。特にRaynaudの「アタッシュケース」や「試験管 II」は、初めて観たのだが、懐かしさを覚える造形が嬉しい(北品川の原美術館時代、常設だった「ゼロの空間」を思い出す)。
もちろん、奈良美智の「My Drawing Room」や宮島達男の「時の連鎖」などの常設展示も、いつ見ても楽しい。
ギャラリーC「会いに行く美術ー『私は作家に会いに行くことから始めた』」は、理事長の原俊夫が作家と直接交渉して入手した作品や、原美術館の開館最初期に収蔵された作品を展示。
李禹煥の「線より」と、扉の向こうにちらっと見える常設展示の草間彌生「ミラールーム(かぼちゃ)」が同じ視界に入るのがナイス。
Nam June Paikの「キャンドルテレビ」は、本来はTVのブラウン管の中に蝋燭を灯す作品なのに、このご時世、安全に配慮し、LED光源を使っているのが、時代の流れを感じさせる皮肉な効果を上げているような…。
特別展示室 觀海庵では、安藤正子の個展が開かれている。
飼い猫の視点で再構成された日常風景のヴィデオ作品や、絵画、陶芸などが並ぶ。印象的ではあるのだが、私には作者の意図が見えず、これは、解説付きで観てみたかった。
目玉となるような展示品には乏しい感じの展覧会だったが、梅雨らしい小雨が降りしきる中に佇む
Jean-Michel Othonielの「Kokoro」と、美術館の建物
Olafur Eliassonの「Sunspace for Shibukawa」
Andy Warhol監修の「Campbell's Soup Can」
などが、何とも心地よい雰囲気を醸し出していて、この空間に身を置くだけで十分に遠出の価値ありだった。
スーパー・エルニーニョ現象の可能性も取り沙汰されていて、きっと、この後、荒れる天候もあるのでしょうねぇ。
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