IN/OUT (2018.2.4)

一昔前に比べると、街の中に、チェーンの喫茶店(カフェと呼ぶ方が良いのか?)が大いに増えているのですが、そこを利用する人も増えていて、結局、休日はどこも満席。ちょっと休もうにも、カフェ難民になってしまうことが多々あります。喫茶店でダラダラ時間潰してるんじゃないよと、自分のことは棚に上げて思ってしまうのは、我ながら器が小さい…


in最近のIN

"Grave"18.2.2

フランスのホラー映画を観てきた。英語タイトルは「RAW」。邦題は「RAW 少女のめざめ」。カニバリズムを扱った、R15+指定の中々ハードな映画である。

主人公は、16歳。過保護な母親の元、ベジタリアンとして大切に育てられた、ちょっと奥手で、勉強の良く出来る女の子だ。彼女が、両親の出身校である大学の獣医学部に入学するところから物語は始まる。全寮制の大学で、新入生は先輩達から歓迎の儀式を受ける。はっきり言って、虐めに近いような歓迎だが、似たようなことは日本でも行われていると思う。ただ、フランスの大学のそれは、かなり強烈。主人公も、動物の血を頭から浴びせられ、ウサギの腎臓を生のまま食べることを強要される。それをきっかけに、身体、そして精神に変調を来しはじめた彼女は、同じ大学に一年前から通っている姉に救いを求めるのだが…

主人公は、それまでベジタリアンとして育ってきたことからの反動か、肉食に目覚めるのだ。それも、異常なまでの食欲で。そして、その対象は人肉にも…、というトンデモナイ展開になってくる。しかし、カニバリズムを、ある種の寓意と捉えれば、この映画は、少女から大人への通過儀礼を描いた文芸作という趣きが漂ってくるのがミソ。もちろん、キツい映像も出てくるが、いわゆるスプラッター映画ほどの残虐さは無く、グロいシーンさえ我慢できれば、エキセントリックだが、深い洞察に満ちた青春映画と思えてくるのだ。

主人公を演じた、新人女優 Garance Marillierの演技が光る。自分の中に生じた異常な衝動に苦悩するという難しい役どころを見事にこなしていると感心したのだが、彼女のプロフィールによれば、好きな映画監督にDavid Lynchと、David Cronenbergを上げている。流石だな。

ということで、中々の秀作だと思って観ていたら、ラストに強烈なオチが待っていた。文芸青春カニバリズム映画という特殊な作風に、このオチで、シュールなブラックジョークの雰囲気が加わるのが、さらに愉快。思い返せば、このラストに向け、劇中、周到な伏線が張られていたことに気付く。まさに、人を食った映画だ。


"Three Billboards Outside Ebbing, Missouri"18.2.3

数々の映画祭で賞を獲得し、今年のアカデミー賞でも6部門でノミネートされている話題作を観てきた。邦題は「スリー・ビルボード」。確かに原題は長ったらしいタイトルだが、アメリカ中西部の田舎町が舞台というのは重要な要素なのだ。まあ、それでも、邦題を付けるにあたって、長いタイトルの後半をカットするのは百歩譲るとしても、「ビルボード」は駄目だ。複数形なのに「ビルボーズ」にしないというのは、小学校から英語教育が始まっている時代に如何なものか。

物語は、主人公が自宅近くの田舎道沿いにある大型の立て看板に、警察を告発する掲示をしたことから始まる。主人公の娘は、強姦された上、ガソリンをかけられ焼き殺されるという惨い犯罪の被害者なのだが、事件から9ヶ月経っても、犯人が検挙される気配が無い。警察の怠慢に対する怒りが、自腹での広告掲載という行動に、被害者の母親である主人公を駆り立てたのだ。戦う主人公を演じるFrances McDormandの存在感が光る。決して上品とは言えな啖呵を切る姿もクールだ。

一方、看板で名指しされた警察署長は、癌を患い、余命幾ばくも無い。小さな田舎町なので、町の人は皆、暗黙の内にそれを知っているのだ。結果、卑劣な犯罪被害者の母という主人公の立場は理解しても、警察署長に同情する人々の方が多いという状況になる。人種差別的な言動と短気で粗暴な性格のためトラブルを起こしがちな若い警官は、署長への敬愛の思いもあり、特に激しく主人公への敵対心を募らせる。

巧みな人物の掘り下げ方が印象的な作品だ。最初は、怒れる母、人格者の署長、粗野な警官と単純に見えていた登場人物たちが抱える背景を丁寧に、しかも饒舌に語りすぎること無く描く演出が冴えている。さらに、主人公の別れた夫、彼が現在付きあっている年の離れた若い娘、主人公がバーで知り合う小人症の男、看板を所有する広告代理店の青年など、脇役への目配せが行き届いているところにも好感が持てる。

三枚の立て看板が町の人々をざわつかせ、怒りが怒りを呼び、暴力沙汰も起きるのだが、後半、この負の連鎖に変調をもたらす事件が起こる。そして、物語は、全く予想外の着地点に落ち着く。殺伐とした現実の中、静かな余韻とかすかな希望を感じさせるこのエンディングが素晴らしい。静かに泣ける映画である。



ただ、ノートPCを拡げて、勉強したり仕事をしている人が多いのには、やはり辟易。自宅でやれ、と思ってしまいます。「ノマド・ワーカー」という言葉に一時の勢いは無くなったけど、今後、働き方改革で、会社外で仕事する人が増えそうな気もしますが、セキュリティーも考えて、カフェでは止めてくれと思う、今日この頃です。