IN/OUT (2006.6.18)

どうにも仕事の方でバタバタとした状態が続く今日この頃です。現実逃避の旅行に行きたくとも、金も時間もねぇ…


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"Moolaadé" (06.6.18)

アフリカの多くの国々でいまだに行われている女子割礼をテーマにしたセネガル映画を観てきた。邦題は「母たちの村」。

テーマは重い問題で、軽々しく論じることはできないが、古くからの伝統に縛られた社会を変えることは、容易なことではない。映画では、未来への希望の象徴としてTVアンテナが映し出される。広く世界から多くの情報を得ることが因習を断ち切ることにつながる、ということは、重要なことだと思うが、逆に、グローバリゼーションへの無邪気な信頼というのも怖いことで、複雑な気分にさせられる。

物語としては、やや単調な感じもするが、本題だけでなく、日々の暮らしやキッチュな商品など、アフリカの都市化されていない地域の姿が、良い面も悪い面も、ストレートに見せられ、情報量のとても多い映画だと思う。アフリカに興味のある人には必見だろう。



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早川書房の良識を疑う (06.6.17)

先週、映画「Poseidon」を観て、未読だった原作小説が読みたくなり購入。

以前は、「ポセイドン・アドベンチャー」の題名(原題は"The Poseidon Adventure"。矢野顕子ファンには「雪のひとひら」の原作者としても有名なPaul Gallicoの作品)で邦訳されていたはずだが、本屋で平積みになっていたハヤカワ文庫のタイトルは、現在公開中の映画と同じ「ポセイドン」。帯には、ご丁寧に映画の登場人物の紹介と顔写真が載っている。しかし、映画「ポセイドン」は、原作の基本設定を借用しただけで、ストーリーも登場人物も全く違うのだ。原作に比較的忠実な72年の映画化作品が同じタイトル(アドベンチャー 付き)だったのを、今回の映画化で変えたのは(アドベンチャー 無し)、そういう事情があるからだと思う。

つまり、この小説は1972年の映画「ポセイドン・アドベンチャー」の原作であって、現在公開中の映画「ポセイドン」の原案なのだ。それなのに、タイトルを変え、原作には全く登場しないキャラクターの紹介を帯に付けるというのは、新作映画との相乗効果を狙った商業主義であり、原作と72年版映画、両方対する冒涜に他ならない。

なお、小説自体は、72年版映画以上の傑作で、明け方まで一気に読み通してしまった。登場人物達の醜さも不条理さも容赦なく描き出した、重いテーマを抱えた作品で、72年版映画は、随分とハリウッド的に毒抜きされていたのだと気づいた。いずれにせよ、人間描写に重きを置いていない新作映画「ポセイドン」とは、全くの別物なのである。



実際にアフリカの村に行き、普通の民家に泊めてもらったという経験は、今にして思えば本当に貴重なことだったなぁ、と映画を観ていて改めて感じました。次の機会はあるのかしらん?