IN/OUT (2002.5.12)

開通したばかりのMRT Changi空港線が、すぐに全面運休になってしまいました。日本メーカー製の新型車両に、ギアボックスの問題が発見されたためだそうです(事故が起こったという訳ではない)。

この件については、メーカーの品質管理に問題があったことは明らかなようなので、それをきちんと伝えること自体は良いと思います。しかし、メーカー名を前面に出して強調する報道には、いささか抵抗も感じてしまいます。

台北空港におけるシンガポール航空機の事故を、シンガポール人パイロットの責任とした台湾当局の調査報告に対し、空港側の管理責任に触れられていないとシンガポール政府が反発しているのを見るにつけても、シンガポール当局の責任の認め方について、ついつい穿った見方をしてしまう今日この頃です。


in最近のIN

"Deep Purple" South East Asian Tour 2002 (02.5.9)

超ベテラン・ハードロック・バンド、Deep Purpleの来星公演を観に、Fort Canning Parkへ行って来た。市の中心部、小高い丘にある公園での野外ライヴである。

メンバーは、Ian Gillan、Roger Glover、Ian Paiceのオリジナル組に、Steve MorseとDon Aireyを加えた5人。肝心要の Ritchie BlackmoreとJon Lordがいないのが、非常に寂しい。メンバーの多くが50代半ばに達していることもあり、演奏の出来には期待できそうもない状況である。

このところ、雨の多いシンガポール。この日も、今にも降り出しそうな曇り空。芝生はじっとりと水気を含み、蒸し暑いことこの上ない。会社から直行のワイシャツ姿では、不快指数はさらにアップ。野外といっても、爽快さとはほど遠い。場内は、白人のおじさん・おばさん多し。

"Woman from Tokyo"で始まった肝腎の演奏だが、意外にもリズム隊が、懐かしのサウンドそのままで健闘している。キーボード & ギターも、'70年代風の音色に拘った、予想以上に器用なプレイだ。もっとも、小器用な演奏よりは、少々衰えていても良いから、Ritchie BlackmoreとJon Lordのカリスマ性がステージ上に欲しいところではある。Ian Gillanは、やや、くたびれ気味か。まぁ、アンコールの、"Hush"、"Black Night"、"Highway Star"などは、観客の方が大声で歌えてしまうので、ヴォーカリストの声が多少出なくなっても、問題無しではある。

大体が、観客自体、時代の先端を行く刺激を求めて彼らのコンサートを見に来ている訳もない。なんだか、妙に、暖かみのある雰囲気である。そして、お馴染みの名曲の数々。もはや、伝統芸能としてのロック・ミュージックを確立したと言えそうなステージだった。ロック・コンサートの会場で、ほのぼの感に浸っていて良いのかと、若干の疑問も感じつつ、楽しんできた次第である。


松方弘樹(風に)世界を釣る (02.5.10 - 12)

Malaysiaの東岸、Rompinに、釣りに行ってきた。

Mako Sportfishingというところにアレンジしてもらい、金曜の夜、バンを仕立てて、会社同僚関係4人でシンガポールを出発。4時間半ほどで、Rompin到着。午前一時、ホテルに入った。

宿泊は、Rompin Beach Resort。リゾートという名前の割には、いささか、しょぼいホテルではある。まぁ、車、宿泊、三食、船などすべて込みの料金が、一人400シンガポールドルなのだから、贅沢は言えない。

翌朝、8時、出港。船は、予想よりも小さく、我々4人と、キャプテン、ガイドの6人で、満席となるサイズ。私は、普段、炊事をしている → 魚がさばけるに違いない。という誤解から(魚料理はレパートリーに無い)、船上調理要員として声がかかったのだが、この大きさでは、当初考えていた鍋物はおろか、刺身をさばくのですら難しそうだ。因みに、私を誘い込んだ本人は、急遽都合が悪くなり、私に「これを使ってくれ」と出刃包丁を託して、欠席してしまった。

沖合に出ること30分ほど。ここで、まず、小魚を釣る。使った仕掛けは、さびき というらしいのだが、釣り用語はよく分からない。とにかく、こんなど素人でも、いとも簡単に釣れる。糸を垂らして、数十秒後には、もう、竿の先には、5cmから10cm程度のイワシや小アジ。たまに、20cmhほどのアジが、面白いほど釣れる。というか、これだけ簡単に大量に釣れてしまうと、面白いというよりは、流れ作業と化す感じだ。これは、我々の腕ではなく、魚群探知機のおかげなのである。

で、ここからが本番。生きた小魚を針につけ、さらに、釣り糸に目印の風船を付けて船から流す。Sail Fishという、バショウカジキがかかるのを待つのである。待つことしばし、激しく糸を引く音で、カジキがかかったことが分かる。ここから、バトル開始。年功序列のおかげで、私が最初に竿を託された。

カジキをゲットした私予想以上に強い力で引っ張られる。船長の船の操作と、ガイドに助けてもらいつつ、竿を立て、糸をたぐる。格闘20分後、2mはあろうかというバショウカジキ、見事にゲット。これは疲れるわ。なお、カジキは、写真撮影後、リリース。

結局、この日は、カジキは3匹。午後からは、狙いをバラクーダなどに変更したのだが、波が高くなり、釣果はいまいち。暇になったところで、懸案の刺身を作ってみることにした。午前中の収穫から、手頃なアジを選び、へっぴり腰で出刃包丁をふるおうとしたが、その手際の悪さを見かねたガイドが、サバイバル・ナイフでさばいてくれた。何はともあれ、できあがった刺身をデジカメで写し、出刃包丁を託してくれた人への土産代わりにする。

夕食は、近くの中華料理屋で、この日釣れた唯一のバラクーダの刺身も食す。これは、非常に美味しかった。船の上ですぐにさばくよりは、絞めてからしばらく置いた魚をさばいた方が美味しいのだと思う。

翌日も、朝から船を出し、昨日と同様の釣り。私は、タイを4~5匹ほど釣る。初めてにしては、十二分の釣果と言えるだろうと自画自賛。しかし、かなり肉体的に疲れるものでもある。元来、アウトドアとは無縁の日々を送っている私としては、次の機会は当分先でも良いな、という感じもある。

さて、日曜の夜、シンガポールに戻ったのだが、通関時、出刃包丁が発見され、別室に連れ込まれてしまった。確かに、物騒な持ち物である。自分は、釣りに行って、これは、魚を料理するために使ったのだ、と必死に説明。刺身を写したデジカメ画像のおかげで無罪放免され、安堵。慣れないことはするものじゃない、ということか。



最近のMRT絡みのもう一つの話題といえば、"KEEP LEFT" ESCALATOR SCHEME が全駅で実施されたこと(これに関するニュース・リリースも、いかにもシンガポールらしい大仰なもので、笑えました)。スキームと言っても、立つ人は左。急ぐ人は右、というだけのことですが。

駅のエスカレーターの片側を急ぐ人のために空けるというのは、日本のみならず、香港や台北でも、かなり守られているルールですが、周囲に対する目配りが苦手な人が多そうな当地で果たして定着するのか、予断を許さない、という感じです。すでに、開始から一ヶ月が経ち、エスカレーター脇にはポスターも掲示されていますが、気にしている人は、まだまだ少数派。もっとも、エスカレーター自体が、日本の法定限度の1.5倍という高速で動いているので、さらにその上を歩く必然性を感じる人が少ないのかもしれません。