IN/OUT (2021.5.2) |
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緊急事態宣言発令中も上映を続ける岩波ホールに行ってきました。神保町の地味なオフィスビルの10F。中に入れば、小劇場にしてはサブカル臭が少ないと感じる落ち着いた佇まい。元々、192席しかないところ、席を一つおきに間引きしての営業ですが、ぎっしり超満員というタイプの作品が上映される場所じゃ無いので、あまり悪影響は受けていないのかも。 最近のIN"Lunana: A Yak in the Classroom" (21.4.30)ブータン映画を観てきた。"Lunana"は、この映画の舞台となるブータン王国の実在の村。邦題は「ブータン 山の教室」 主人公の青年は、ブータンの首都ティンプー(標高2,320m。人口10万人)に暮らす青年。今は教師をしているが、歌手になってオーストラリアに移住する計画を立てていて、教師の仕事への情熱は皆無だ。そんな彼に、Lunana(標高4,800m。人口56人)の学校への赴任が命じられる(と言っても、冬になって村が雪に閉ざされるまで数ヶ月の期間限定)。しかし、Lunanaに到着した直後、その想像を絶する僻地ぶりに、「自分には無理。町に帰る」と口にしてしまう都会育ちの主人公。そんな彼だが、村の純真な子供達と触れ合ううちに、内面に変化が生じ…。というお話。 都会から来た若い教師が、田舎の純朴な子供達と接することで人間的に成長するというのは、散々手垢のついた物語だ。この映画も、その王道ストーリーそのもので、サプライズ要素はほぼ無い。しかし、この映画の魅力は、Lunanaという場所、そして、そこで暮らす人達自体にある。 映画の冒頭、ティンプーでの主人公の暮らしが描かれるが、意外なほど都会。彼の、いささか刹那的で軽薄なマインドは、先進国の大都会に暮らす若者と大差ない。そして、Lunanaに向かうシーンになると、車から見える風景は日本の農村に近いと感じるのだが、それは最初のごく一部だけだ。ヒマラヤ山脈の氷河沿いにある目的地までの行程で、車が通れる道路は最初だけ。残りは、徒歩。テントで野営しながら8日間(!)かかるのだ。映画は、この道中をしっかり見せることで、Lunanaの僻地ぶりを際立たせる。いや、田舎や僻地と言うよりは、秘境と言うべきか。なお、映画の撮影も、実際にLunanaで行われている。 そして到着したLunanaの風景は、本当に美しい。今でも電気も携帯電話も通じていない(撮影隊は太陽電池を持ち込んだそうだ)。車も無い。この村から一歩も出ることが無く、車に乗ったこともないまま人生を送る人も多いという。そんな村で暮らす人達の純朴な表情が実に良い。出演者の多くは、実際にこの村で暮らす人達が務めているのだが、特に、学級委員役のPem Zam嬢(9歳)の素朴な可愛らしさは衝撃的だ。これまで一度もLunanaを出たことがなく、この映画の撮影隊が村に来たときに、初めて電気やインターネットに触れたそうだ。これほどまでに純粋な表情の子供って、他の国では、まず見つからないように思う。 しかし、Lunanaがどれだけ俗世間から隔絶されているとは言え、決して桃源郷では無い。そこには、離婚しアルコールに溺れる輩がいたりもするし、主人公が選ぶ道も、お伽噺のようには行かない。そうしたリアリティも押さえているが、子供達の笑顔と美しい風景がそれを凌駕し、見終わった後は充たされた心地になる映画である。 こんな村が現存する一方で、5月1日の日本経済新聞によると、ブータンでは既に成人の9割以上が1回のワクチン接種を受けているそうです。総人口が77万人の国と日本を比較するのはフェアでは無いにしても、差は大きい。 |